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TwitterとInstagram

やっと夜は涼しくなって、快眠な毎日を送れるようになってきましたね。



気付けばもう9月です。少しひいてます。
いやぼーっと過ごしてるわけでは無い。長かったと言えば長かったと思います。
でも何をや成し遂げているかと言われると何も成し遂げてないから焦りますね。
最近は将来の事を考えるとゾッとするようなしないような。


今年はいろいろな事がありましたね。日本でも身の回りでも。

最近ではAppleのCEOのジョブスさんが退いて、Appleはどうなるんでしょう?
落ち着いて考えると、ジョブスってすごい人だったのだと思うわけです。


鈴木もiPhoneを買って使っていますが、まー便利。
性能、デザイン、価格全てに文句が無いです。
思えばiPodから、iPhoneそしてiPadとここ10年で次から次へと大したものですよ。
前紹介した、白MacBookもAppleのサイトから姿を消して…キーボード一体型も過去の物になって行くのでしょう。
少しさみしい感じもあります。



まあAppleの話はここらで一旦置いといて、今日はTwitterとinstagramについて考えて行こうかなとおもいます。


Twitterは有名なので説明は不要でしょうが、instagramというのはなにか?


instagramはiPhone専用のアプリです。
Twitterはネットワーク上で文章を使い他者とコンタクトを取るのに対して、
instagramは写真を使ってコンタクトをとります。
簡単に言うとTwitterの写真versionと思っていただければよろしいと思います。


自分で撮った写真をUPしたり、世界中のinstagramユーザーの人の写真を見て回れ、
良い写真があればその写真をクリックして"like(いいね)"をつける。(もちろんコメントもできます)
自分の好みに合った写真を多く撮っている人を見つけたらその人をフォローすると言った感じですね。


僕がフォローをしたり、likeを付けて行くとその人たちに、”鈴木がフォロー(またはlike)しましたよ”
と通知が行くのでそこから鈴木の写真を見に来てくれる訳なんです。
何週間か使って行くと、写真をアップするとすぐに世界中の人から何かしらのリアクションがある訳で、
どんどんと写真をUPしたくなるんですね。


IMG_0164.jpg

こんな感じや

IMG_0176.jpg
こんな感じの写真をあげてます


最近は電車に乗っていてもスマートフォンが普及したのもあって、より携帯に夢中になっている人が増えたように感じます。
鈴木もそんな現代人の一人な訳ですが(笑)

鈴木はinstagramという物に出会ってSNSというもの初めて触れることになりました。
スマートフォンになりよりネット閲覧の操作性が快適になり、皆夢中になっているのでしょうか?
出先で携帯に夢中になるのは、せいぜいメールかゲームかtwitterなどのsnsだとは思いますが。

おそらくtwitterが多いのでしょう。
鈴木はそれまでtwitterなどにみんながはまる理由が解らなかったのですよ、つぶやいて何が面白いの?とね。
でもinstagramを通じて「ほほう、Sns.これは面白い」とtwitterも始めてみた訳です。twitterをやってみて、つぶやくことが面白いのではなく、つぶやいたことに何かしらのリアクションがあるから面白い訳なんですね。


instagramからtwitterを始め一時期はiPhoneを馬鹿みたいにいじってました(^^;)




…それでですね今はどうかというとinstagramだけでtwitterはほぼやっていません。



理由はいくつかある訳ですが単純に一つは、”考える時間がなくなる”ですね。


おそらくtwitterにしても人それぞれにある程度距離感が保てれば良い訳ですが、鈴木は何か考えるごとに「twitterでこうつぶやいたら面白いかな?」とか「こういう言い方すれば誰かしら食いつくかな?」とか(笑)
一度はじめるとtwitter上で人恋しくなってしまうんですよ。
だから、何をしててもtwitterに結びつけてしまうし、そしてより寂しくなるんです。なんか。

そんな自分をこの間客観視したら、なんだか馬鹿馬鹿しくて(笑)
twitterとは距離を置くことにした訳です。


それでですね、こっからが何となく重要な話だと思います。
多分


twitterは距離を置きましたが、なぜinstagramはまだやっているのか?
この二つは最初の説明では、言葉か写真かの違いというような解釈でとらえられると思います。
鈴木も最初はそう解釈していた訳なのですが、どうやらそれだけではないようなんですね。


まず表面的に言えば、現在どちらともフォロー&フォロワーは40人前後ですが、twitterはほとんどが学校の友人や知人です。または有名人だったり。互いに相手がどのような人かがある程度解っている相手です。
それに比べinstagramはほぼ知らない人です。どこの国の人かも良く分からない人さえいます。
言い換えればネットワーク上に自分の写真だけを頼りに一から作ったコミュニティな訳です。


この違いは結構でかいですね。ざっくり言ってしまえばinstagramの方ではそのまんまの自分で良い。
自分を偽らず良いと思った物をただUPして、良いと思った物を「like!」と言っていればいいのです。
そうやっていて集まってくれた人たちなのだから。

ただ、twitterはそうはいかない。
いやtwitterでもまんまの自分でも良いと言えば良いのだけれど…
それができるほど鈴木は図太く出来ていないみたいで…(^^;)


それに、twitterでつぶやく多くのことって学校や会社の仲のいい友達なんかと、
たばこ吸いながらお酒を飲みながら面と向かって話すことが大半。
もちろん、twitterの不特定多数の相手に語れる良さもあるとは思いますが、
鈴木自身が求めてることは、同じことでも人と面と向かって話すことなんだなーって感じました。
twitterが良い悪いではなく、鈴木には合わなかったと言った方が正解なのでしょう。


そうだ、書いてて思いましたが鈴木が友達なんかに話すことって、「話を聞いて欲しい」というよりか「この話を聞いてどうリアクションが帰ってくるか?」に重きを置いているなー。と
twitter向きではないと再確認(^^;)


なんかtwitter批判みたいになってしまいましたが、決してそんなことはないです。
結論から言えばただのさみしがり屋だということ。


ただ、これまで仲のいい友達との間だけの話や、時には心の中に抱え誰にも言わないようなことを共有できる場というのが出来たのは確かで、それがよりtwitterというもので身近になったわけです。
これはtwitterだけでなくインターネット全般に言えることですが 
”共有”

というものがどんどん、なんと言えば良いのでしょうか?特別な物ではなくなって、より大きな規模で安易にできる今の現状。
この現状が良い悪いは分かりませんが、今自分が考えなければならないこと。
と思います。何となく。


まとまったら次回は”共有について”書きたいと思います。



文章は書かないと下手になって行くんですね(^^;)
駄文失礼しました。

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青空のち夕暮れ

他者との相互関係から自分を見いだす。

人は自分一人だけで自分を俯瞰することが出来るのでしょうか?


このブログも、昨日の記事も、絵も。
人のまねでしかないような気がしてきた。
人の意見をそうだなーと共感、鵜呑み、する。

自分に都合がいい教えだけを自分に取り込んでいる。

他人のダークプレイスに浸かりきってしまうのは危険。
なぜ?


やっと描きたい絵という物がまとまってきたのに、
するすると手から落ちて行く感覚。


最近1日が短いです。
もう少し時間が欲しいなんて。鈴木にしては珍しい。


変なヴンしょう


ブルーハーツが心にしみます

IMG_0163.jpg

1Q84

久々の更新です^^;

そのがいなくなってから、書くことがない。というか日々思うことはいろいろとあるのですが、なんでしょうね。


とりあえず、頭の中だけで考えていても解決しないというか、整理がつかないのでまた少しずつ更新できたらなと思います。


今日は久々のというか一回しか書いていませんが村上春樹の本について。

「1Q84」という作品です。
一昨年かな、かなり話題になった同本ですが、発売当初親が買って読んでいました。電車の中でもよく読んでいる人を見かけました。

なので私はなかなか読むことができませんでした。

なぜかというと、流行りものに乗っかるのがいやだから(笑)

なんでしょう、昔から流行りに対して警戒心というか、乗っかるのはかっこ悪いみたいな思考があります。

おそらく、流行に乗ってるんだなと他人から見られるのが嫌なんでしょう。

結局、周りの目を気にしているのですね( ´ ▽ ` )
その時点でかっこ悪いです(笑)


なので、流行が落ち着いたころ、一年後くらいに孤独にハマり始めます。

私自身、流行という言葉に惑わされて、ものごとの良し悪し、本質を見切れていない気がします。

ちなみに最近iPhoneと伊達眼鏡を買いました(笑)


かなり話がズレましたが、話を戻すと、最近読む本がなくなり、村上春樹を一通り再読しておりました。

1Q84も二回目です。

あらすじなどは割愛させていただきますが、以前読んだ時の感想は、1・2巻と面白かったのに、3巻めから作品の世界に引き込まれなくなってしまい、あまり良い印象はありませんでした。


しかし、あれからインターネットなどで村上春樹作品の解説や氏の海外講演などを読み、当時とは違う姿勢、見方で作品を読みたいと思ったのです。


まず1巻の巻頭には序文が添えられています。”It's Only a Paper Moon”という曲から。

「ここは見せ物の世界
 なにからなにまでつくりもの
 でも私を信じてくれたなら
 すべてが本物になる」

これは作品内容にもリンクしていまして、

中心人物は
"いつのまにか二つの月がある世界に紛れこみ、その世界のルールに惑わされながらも、それを受け入れて生きていく"
のです。


いきなりですが作者がこの作品で伝えたいことは上記したことだと思います。

というより、今までの作品を含めても。

Amazonのレビューなどを観てみても、氏の作品はファンタジーに近い視点で読まれることが多いと思われます。

私も最初はそのように読んでいました。私達とは無縁で体験もできない様なことを詳細かつ引き込まれるように、よく書けるな。と

なので、作品と私自身を繋げる様な姿勢は全くとっていませんでした。


しかし、そんなことはないのです。

村上春樹は私たちと作品を繋がるようにちゃんと書いています。

まだまだ全てを理解できてはいないし、当分できそうにありませんが(頭悪いので)今はその様に感じています。

また、自分とは関係ないと思っているものから自らの繋がりを手繰り出すことで、また一つ世界が広がるのかなと思う今日この頃です。


興味がある方はここやここを読んでみてください。
村上春樹の見方を深められると思います。


駄文長文失礼いたしました。
またこの文書き直すかも。

その11




そのが鈴木家から旅立ちました。


約半年そのと共に過ごしました。
多くの思い出もあるし、いろいろと学び考えさせられることがありました。

まー、難しい話はまた時間がある時にしようと思います。


今日は、そのと遊んだ思い出ですね。
一日中せまい私の部屋にいるその。

猫じゃらしなどにも反応しなくなってしまってから、こんな遊びをしてました…



asobi.jpg


これの四.五回くりかえし(^^;)

一日中私の部屋にいるそのさんの運動不足対策にやってました。
そのにとっては決死の思いだったでしょう。

そのを潰さないようかつ遅すぎないように飛び込むのがコツです。

虐待じゃないですよ(^^;)でも怖かっただろーなー(/・〆・)/



今日は以上です。

その10




その8の記事より



sonBOX捨


怖くて誰も拾ってくれません(*бoб)



sonBOXciga.png

案外…似合ってるんじゃないですか?(笑)
わるくない。


sonBOXufo.png


これを作ってみたかったんです(^^;)

窓があるのに、わざわざ天井を突き破るあたりがそのっぽいですね。



せっかくの休日ですが風邪をひいてしまい、
こんなの作ってしまいました(笑)


今日は以上です。
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